株式会社長崎かなえ|介護保険福祉用具貸与指定業者

階段や坂を歩ける大腿義足

第18回日本義肢装具学会セミナー抄録
(H14/07/27-28 岡山県倉敷市 川崎医療福祉大学)

階段や坂を歩ける大腿義足 ・膝継手
株式会社長崎かなえ  二宮 誠

1. 緒論

 人間の下肢の機能は上肢と異なり、極めて単純である。それは簡単に”安定”と”移動”であると考えることができる。 その機能を得るため、大腿義足における立脚相の膝折れの防止や、正常歩行に似せるために、 歩行周期の変化に対応した遊脚相の制御などの機械制御が多く研究されてきた。残された重要な問題点は階段、坂道の昇降ができないことである。 図1は、長崎で義足を装着している人125人に、現在の義足の生活で何に困っているか聞いた結果である。 これを見ると、坂やの歩行に1番の問題を抱えていることが分かる。
 下肢を切断した障害者にとって、運動機能を代替する義足は日常生活を送る上で必要不可欠なリハビリテーション機器である。 しかし通常、歩行機能として平地歩行しか対象としていないため、日常の生活空間に存在する階段や坂において、 大腿義足装着者は不自然な歩容を強いられている。遊脚相の制御がおこなえても、階段の昇降や坂道の歩行に対応できない理由は、 立脚中に全体重を支えたまま膝の屈伸をおこなわなければならないことにあり、小型で大出力のアクチュエータの開発が必要となると考えられている。 動力義足の研究としては以下のようなことが行われている。
 階段上り歩行において、医療福祉研究所で、図2のようなRSA(ロータリーサーボアクチュエータ)を用いた義足開発が行われた。 これは駆動源として油圧を用い、ポンプをバッテリーで駆動したため発熱や重量、形状とともに過大なパワー源が必要となるなどの問題点を残した。 また、昭和60年から早稲田大学によって、図3に示す電気―油圧アクチュエータを使った階段昇降可能な動力義足、 WLP-8RⅡが開発されたが実用化にはほど遠く、軽量コンパクト化やパワーアップが望まれている。
 一方ロボットにおいては2001年に、ホンダのASIMOなどが完全自立(コード類なし)で階段を上ることに成功しているが、 義足への応用となるとバッテリーなど問題点が多い。図4
 そこで今回実用化のために、外部動力を一切使わず自らの筋肉をうまく利用して坂道を歩ける大腿義足を実現しようと試みた。 坂道を大腿義足で歩行するためには、上りにおいても下りにおいても、膝継手を任意の角度で止めたり屈曲抵抗を増したりすることが必要である。 つまり本人の意志により継手摩擦をコントロールできなければならない。そうすることにより、坂の下りばかりでなく上りにおいても、 断端の残存の股関節伸展筋を使って登ることが可能であるし、予期しない膝折れにも転倒防止対応できたり、 膝屈曲位で立ち止まったりできると考える。大腿義足の随意制御というと一般的には、股関節伸展筋によって膝折れを防ぐ意味に使われるが、 この研究の目指す随意制御は、機械制御の膝継手ではなく随意制御の膝継手である。・・Voluntary Operating Knee

2. 歩行分析と膝のトルク

 図4のように、平地歩行と10度登坂歩行において、健常者と大腿義足歩行の膝関節角度の変化を調べてみた。 4種の歩行を比較してみると、健常者と切断者で大きく違うのがわかる。健常者では立脚期に坂の傾斜に合わせて膝関節が屈曲するのであるが、 3R15を使った大腿義足では平地でも坂でもほとんど屈曲しない。つまり義足では膝を曲げて体重を載せると膝折れを起こすため、 伸ばしてしか立てないのである。平地では見た目にもそれほど問題とならないのであるが、 坂道で気をぬくと膝が曲がり転倒につながってしまうため、非常に不安定でたどたどしい義足歩行となってしまう。 これが坂道をうまく歩けない大きな原因である。C-Legなどのイールディング機構をもつ膝継手は、階段の下りにおいて交互歩行を可能とするが、 やはり上りでは問題が残る。
 一般的に考えると、膝下を切断した人にとって自分の力で機械軸の膝を、体重を掛けたまま曲げて伸ばすことは不可能に思われる。 そのため今までの研究では外部の動力を膝に与えようと考えてきたのであるが、私の行なった実験によると曲がった機械膝を伸ばすことは、 自分の股関節の伸展筋を使うことで可能となるのである。図5には、長断端の場合であるが(体重60kg)、 大腿義足装着者が膝を曲げて立った場合に膝に必要な体重支持トルクと、 断端の股関節伸展筋(大殿筋など)により膝に発生できる自己伸展トルクを示してある。 これを見ると膝関節が22度までは全体重をかけて自分で膝を伸ばせることが分かる。それ以上膝が曲がった場合においても、反動をつけて、 つまり歩きながらにおいては膝を伸ばすことが可能であることがわかった。これは断端で地面を後ろに蹴る動作によるものであるが、 膝にはそれ以上曲がらないというストッパーが必要である。つまり断端に筋力がある場合、膝に随意的な屈曲制限がついていれば、 大腿義足であっても体重を載せながら屈曲した膝を伸展させることが可能なのである。あるいは屈曲ストッパーにより筋力を使わないで、 膝を曲げたまま階段を楽に交互歩行することもできる。

3. 開発する義足とは

 現在の義足では立脚期の膝折れ防止のために、色々な工夫がなされている。リンク膝を使ったものや、荷重ブレーキ、 ダブルニーアクションのためのバウンシング、階段を下りるときなど屈曲抵抗が増すイールディングなどが商品化されている(図6参照)が、 使用者が制御できない摩擦やロックであると、坂道、階段歩行や中腰姿勢などが不便であるし、歩行形態のバリエーションが制限される。 よって膝折れの危険を避けながら坂道を歩くためには、本人の意志により継手摩擦をコントロールし、任意の角度で止めたり、 屈曲抵抗を増したりできなければならない。そうすることにより坂の下りばかりでなく、 上りにおいても断端の伸展筋を使って登ることが可能であると考える。そのシステムを考える上で最初に条件として挙げたことは、
① ソケットを装着するだけでそれ以外他の作業を必要としないこと。(わずらわしいものは使わない)
② 電池など外部のエネルギーを使わないこと。(電池が切れた時が不安)(これは後に断念する)
の2点である。そこで本人の意志をピックアップするものとしてソケット内圧力を考えてみた。 大腿義足のソケットは断端部の大腿骨と軟部組織を収納しているのであるが、軟部組織である筋肉は、 収縮運動は行なえるものの股関節の運動に実際に必要なものばかりではない。その使われていない筋肉の収縮によりソケット内圧を変化させ、 それをセンサーで読み取り膝継手摩擦を随意に変化させようとするものである。そのイメージを図7に示す。

4. ソケット内のゴム袋センサーによる圧力測定

 筋収縮による信号だけを取り出すために、ソケット内に2つのセンサーを使用することにした。 ハイドロスタティック理論により、ソケットの断端末は断端近位と同じく体重による圧力の変動はあるものの、 随意的な筋収縮による圧力の変動は少ない。それは断端末が筋の付着部であって筋腹ではなく、 筋収縮によって膨隆ではなくかえってへこむようになることによるものであろう。よって断端末部と後方と2つのゴム袋センサーを設置して、 その空気圧力差をとることを考えてみた。
① 対象: 1、男性53才 事故による右大腿切断、断端長25cm、IRCソケット着用。 2、男性63才 病気による左大腿切断、断端長23cm、IRCソケット着用。 3、女性25才病気による左大腿切断、断端長21cm、IRCソケット着用。
② 計測方法: 図11のように、ゴム袋9×18cmをソケット後方(P1)に、ゴム袋9×9cmをソケット末部(P2)に設置し、 背圧50mmHgをかけ、2台の圧力変換器を通して歩行時の圧力波形を記録する。 その時好きなタイミングで被験者に筋収縮を行なってもらうことにした。そしてその圧力波形の違いを調べてみた。 また立位静止時(歩行なし)においても筋収縮を行なってもらった。
③ 結果: 図12のように義足にかかる荷重変化に伴う圧力波形は、大きさは違うもののハイドロスタティック理論により、 P1、P2両方に同じような変化が見られた。しかし筋収縮に伴う圧力波形はP1には現れたが、P2には現れなかった。 両者の圧力の差を調べてみると、いつ筋収縮を行なったかを情報として得ることができる。 また、図13に立位静止時のソケット内においた2つのゴム袋内の圧力を、図14にその差を計算でもとめたものを示しているが、 それを見ると、義足を上げた時、地面についた時にかかわらず一定の筋収縮信号が得られることが読み取れることが分かる。 つまり随意的な筋収縮のタイミングを、P1、P2の差圧として得ることができる。

5. 差圧発生のばらつき

 信号としての差圧に個人差や歩行によってどれだけのばらつきがあり、信頼ができるのか調べてみた。
① 差圧波形: 図15、16に歩きながら義足立脚期に筋収縮させた場合のP1、P2の波形を、 図17、18に歩きながら義足遊脚期に筋収縮させた場合の代表的な波形を示してある。 前に述べたように、筋収縮した時の圧力の上昇はP1だけに見られ、P2ではむしろ筋収縮によって圧力が下降する傾向が見られた。 だからP1-P2の差圧は常に存在し、歩行中にも差が大きくなったり小さくなったりしているものの、筋収縮するとその値は極めて大きくなる。 データから平常歩行時1歩行周期中の最大差圧と筋収縮歩行時の最大差圧を、3人の被験者について調べてみた。
② 最大差圧の度数分布:立脚期、遊脚期の好きなタイミングで被験者に断端の筋肉を収縮してもらった。それをもとにして、 図19に何歩かの歩行データの中からの、最大差圧の度数分布を示してある。これを見ると、 平常歩行と筋収縮歩行の最大差圧は全く別の分布であることが分かる。すなわち、P1-P2の差圧が25Kpa以上からは、 意識的な筋収縮の信号と認識できるのである。

6. 膝継手システムの構造

 大腿義足の膝継手には油圧シリンダーを用いる。これは膝の屈曲伸展にともないピストンが上下し、 シリンダー内上下の部屋にある油が油路を通って移動する構造である。この油路を絞ると動きが固くなり、 閉じるとロックすることになる。空気式シリンダーではいくら途中の管路を絞っても、ロックやイールディングはできない。 なぜなら気体ではボイル=シャルルの法則により、
 PV=RT   P:圧力  V:体積  T:絶対温度
がなりたち、圧力と体積は反比例することがわかる。つまり体重をシリンダーにかけると圧力が上昇し、 体積が減少するためにその位置で支えられないのである。
 このシステムではソケット内の、後方と末部の空気圧力差で動く作動スプールバルブにより、 その油路の絞りを調整することにする。図20にそのシステムを示す。
① スプールの構造: φ8mmのスプールは筋収縮させると25Kpa以上の圧力で動き始め、φ4mmの油路を遮断していかなければならない。 図21にソケットからの差圧とスプールの動く距離の関係を示すが、このようにコイルスプリングのばね定数を設定し、 ある程度の圧力(20Kpa)になるまでは動かないようになっている。また空気圧信号と油をリーク無しに分離し、 低い空気圧で油の中をスムースに動かなくてはならないから、図22のようにO―リングなどの摩擦の大きい物は使えず、 圧力を拡大できるダイアフラムを用いることとした。ダイアフラムは専用設計し、 軽くストロークできるようにコルゲ―ション(膨らみ)を付けることとした。しかしスプールバルブではどうしてもリークがあり、 ストップがうまくいかないことから、スプールで油路を絞る事をあきらめ、ストップが連絡かのポペットバルブに変更した。 これにより油圧が発生すると自動的にポペットバルブが閉じる事から、筋収縮信号を続けなくてもストップができるようになった。
② 空気袋センサーの工夫: ソケット後方と末部にセットされる空気袋は皮膚と密着するため、 やわらかく耐久性がありすべりも良い材質としなければならない。またその大きさも多くの切断者の断端にマッチさせなければならない。 そのため大きさを後方は15cm×8cmの小判型、末部を直径8cm円形とし、材質はビニール製でソケットに当たる側を変形しないように0.6mm厚、 皮膚に接触する側をやわらかく0.2mm厚でざらつきも持たしたものを袋にしてある。その上からシリコンゴムを貼り付け、 空気袋との段差を無くしている。また袋の中に空気を保持して、断端を差し込んだ時に圧縮するようにスポンジが入っている。 空気袋はビニール用接着剤にてソケット内部に接着する。
 このようにして出来上がったポペットバルブ一体型シリンダーの作動図を図22に示してある。 意図的な断端の筋収縮により発生した差圧がダイアフラムによってスプールを動かし、 シリンダーの下の部屋から上の部屋へ向かう油の流れを遮断するようになる。そのため義足の膝はそれ以上屈曲しなくなる。 今回膝が伸びる方向には、チェック弁の作用によって油が移動できるようにした。膝を伸ばすのは筋収縮させてもフリーである。 図23に試作モデルを示す。

7. 強度テスト

 油圧シリンダーを取り付けるフレームは、ラポックのM0760のフレームを改良して使用することにする。その際注意する事は、
① シリンダーが最大屈曲までスムースに引っかかり無くストロークすること。
② 45度くらいの膝角度でロックする事を考え、その付近で効率よく、モーメントアームが最大となるようにする。
である。そのためにシリンダーの取り付け部を変更した。この膝継手は他のものと違い、 最大90度で体重を掛けて屈曲ストップさせる事を考えなければならない。非常に強度的に厳しい条件である。 またJIS規格には、”100Kgの荷重により最大屈曲にて破損しない事”という条件がある。 これをクリアするために強度アップをしている。油圧は最大210Kg/cm2(軸過重約800Kg)までとし、 膝軸にもダンパーゴムを追加している。

8. 歩行テスト

 このように設計した、シリンダーを組み込んだ大腿義足を装着して、歩行テストを行なった。 切断者が自分の意志によってスプールバルブを動かし、膝の屈曲抵抗を増すことができることが確認できた。 実際に坂道や階段の上り下りをやってもらったが、不慣れではあるが、歩行できることが認められた。 さらに膝を自由な角度でロックすることも可能となった。筋収縮しない平常歩行時においては従来の義足と比べ、 重さ、大きさ、歩きやすさ(振り出しの良さ)など遜色はなかった。
 しかしながら空気袋センサーには次のような問題点が生じた。
空気袋センサーの問題点
① ソケットに大きな空気袋を取り付けるために一体感が薄れる。
② 空気漏れや個人に対する圧力調整が難しく、信頼性に乏しい。
③ 筋収縮とともにバルブを動かす動力も必要なために、連続的な筋収縮が困難である。
このためバッテリーを必要としない空気袋式をあきらめ、電気式センサーによる随意制御に方針を切り替えた。

9. 電気式随意制御

 電池を使ってセンシングをおこなう事にする。電気を使うならば、筋電義手と同じく筋電を拾う方法もあるが、大腿部は皮下組織が厚く、 筋電は腕の3分の1しか検出できない上に、雑音も多いため断念した。
 結局考え方は今までと一緒である。空気袋センサーのかわりに圧力スイッチをソケットの近位と遠位に2個とりつけ、 筋収縮すると近位のスイッチがON、遠位のスイッチがOFFとなるからそのときにソレノイド式電気バルブによって油路を閉じるのである。 ソレノイドにはすばやく往復運動するプランジャーがあり、それにポペットバルブをつなぐ事により空気袋式と同じ方法で随意制御可能である。 インテリジェントと同じくステップモータを使う方法は、軸に油圧によるスラスト荷重がかかるため断念した。
 圧力スイッチは導電ゴムを電極の間にはさんだ方法で、空気袋に比べるとかなり小型である。断端で力を直接加えるか、 圧力は高くなると導通するようにしている。スイッチが入らないと電気が流れないから省エネである。
 電気を使うついでに速度制御も取り入れることにした。コイルと永久磁石を膝軸に間隔をあけて取り付け、 その2つが接近するたびに電圧が発生することを利用して、 ある電圧以上になるとすぐにもう1つのソレノイドのスイッチが入って油路を絞ることにする。 これによりゆっくり歩きと早歩きの2モードが、タイムラグなく自動的に可能となる。

10. 結言

 これからもさらに設計内容を検討し信頼性の高い商品に仕上げていく必要がある。切断者に自分の脚を再生させることは不可能である。 現在開発を行なっている大腿義足は、できるだけ健常者の脚に近づける工夫である。切断者の残された機能を十分に活用し、 余分なエネルギーを用いず、坂、階段をスムースに歩け、膝折れを防ぎ、膝を曲げて自由に立つことができれば、 大腿義足使用者の歩行能力、生活環境は大きく変貌すると考える。

 なおこの研究は、平成13、14年度テクノエイド研究助成事業”坂を歩ける大腿義足の研究開発”の助成にて現在開発を行なっている。
 第14、15、16、17 回日本義肢装具学会にて内容を発表している。 一部の内容については平成11年12月および平成13年12月に九州地区でテレビ放映された。

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